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サロ113の生涯その3

☆80年頃、大阪局受け持ちの「宇野快速」を115系化して、それに使用していた

サロ113の3両を岡山局に転属させ、115系化する計画があったという。

 

関西>関東

 

80/4に関西地区でのグリーン車扱いを廃止。一方10月に予定されているSF直通

(横須賀・総武快速直通)もしくはSM分離(横須賀・東海道分離)により近郊型

グリーン車が必要となるため、再度関東地区へ転属。

 

80/8/28 ミハツヌ Mz19 MM'1002 (Ts1003 1012 1004 1005 1006) MM'1003 Tc1301

80/9/3 ヤスツヌ Tc1002 MM'1002 (Ts1001 1002 1008 1013) MM'1003 Tc1301

80/9/10 タツツヌ Tc234 MM'282 (Ts1007 1010 1015 1016) MM'319 Tc2044

80/9/18 タツツヌ Tc1005 MM'1009 (Ts1009 1011 1014 1017) MM'1010 Tc1305

【サロ113】各種改造

 

湘南色化 グリーン帯廃止 横須賀色化

 

1001 76/10/18ST 80/8/4ST 82/4/0OF

1002 76/11/2ST 80/8/22ST 80/8/22ST

1003 77/2/15ST 80/6/10ST 82/4/0OF

1004 77/3/3ST 80/7/2ST 82/3/4OF

1005 77/3/10ST 80/8/26ST 80/8/26

1006 77/1/18ST 80/8/8ST 83/4/0OF

1007 76/5/20ST 79/7/13ST 81/6/29OF

1008 76/11/1ST 80/7/30ST 83/4/0OF

1009 76/5/25ST 79/10/9ST 81/11/5OF

1010 76/5/22ST 79/7/17ST 81/8/11OF

1011 76/5/28ST 80/9/16ST 80/9/16OF

1012 76/10/21ST 79/12/3ST 81/12/4OF

1013 76/10/22ST 80/8/30ST 80/8/30ST

1014 76/11/11ST 80/9/16ST 80/9/16ST

1015 76/11/11ST 81/3/19OF 81/3/19OF

1016 76/11/20ST 80/7/1ST 83/4/0OF

1017 76/11/20ST 80/4/23ST 82/2/0OF

 

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66・62改造

62,66形

ムコNN 48/10/29 90000 79206(66002予定48/12/25廃車) 79439(66303) 90013 

別途回送73118(66002)

(理由は不明だが<台枠の状態不良か?>79206が廃車され、代替として73118が回送された。)

ムコTT 48/12/19 79423(66301) 73012(62000) 73172(62001) 79236(66000)

49/8/21 TTヌマ 66301 62001 62000 66000

ツヌムコ49/2/11 90014 72533(62500) 90019

ナハムコ 49/2/12 79373(66300) 22111

シナOY48/12/20 73145 73147 78009? 72569(62501) 16548

OYムコ72569(62501)

ムコヤス49/2/14 79373(66300) 72533(62500) 72569(62501) 79186(66001)

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75年中央本線電車化による荷電改造

50/3改正で中央東線の普通列車の全面115系化が行われることとなった。

それにあたって、郵便車、荷物車も電車化が必要になって改造でまかなわれることになった。ただし中央東線は架線が低く、そのためにクモユニ74ではなくクモユニ82の荷物室を拡張した0番台が投入された。1966年に投入されたクモユニ82800番台はどちらかといえば、オユ10の代替であったのに対し、0番台はスユニ60、61の代替であるため、車体配置は新たに設計され、結果クモユニ74に近いものとなった。

では、なぜクモユニ74200番台のPS23搭載型ではダメだったのだろうか?

当時の国鉄の組合対策を考えた場合、新たな形式の投入には現場協議の時間が必要だった。それを避ける目的があったのではないか?

当時首都圏の工場では改造工事が錯綜していたため、モハ72、クモハ73からの改造は大井工場外注で、富士重工で施工することとなった。

 

そこで発生した久里浜冠水事故。種車に予定していた車両がすべて使用不能/廃車となったため、急遽関西地区からも種車を集めた。

同時期にモハ72970番台改造も行われており、これらも富士重工施工であったため、同時に回送されたものもある。比較的古い車両(モハ63で製造されたもの)はクモニ/クモユニ種車となり、新しい車両はモハ72970/クハ79600の種車となった。

()内は改造予定車号。各車の前の()は整理番号

オト富士宮

49/3/13 73181 79204 (3)73113(82050) (x8)73247(83予定63667DT12Aor13) 72567 79170

49/3/24 (4)73177(82004) 79349(79603) (7)73241(82051) 79435(79601) (x6)73197(82予定63789DT15) 79456(79604)

タツ鶴田

49/5/23 (x2)73257(82予定63645DT12Aor13) 72561(72973) 72504(72972) 79451(79605) 72501(72971) 79378(79602)

スイ鶴田

49/6/17 (5)73261(83028) 72543(72974) 72612(72975) 72544(72976) 13023 90008

富士宮鶴田

49/7/25 (4)73177(82004) 79435(79601) 79374(79606) (7)73241(82051) 79349(79603) (x6)73197(82予定63789DT15) 79456(79604)

ところが49年11月頃と思われるが、とんでもない事態が発覚した。

富士重工からの連絡は、種車が改造図面と合わないというのだ。

改造図面は台車DT13、主電動機MT40という標準的なモハ72、クモハ73で引いてあった。だが種車にこれと合致しないものがあるという。DT15 であったりMT30であった。そもそも63500以降の新製車はMT40のはずで、それ以前の車もMT40に交換していたはずであったが、関西地区ではMT30が残っていた(混用?)ようだった。

国鉄工場であれば、保守部品としてのDT13台車、MT40主電動機はあるのだから交換できただろう。ただここは民間工場。そのような保守部品のあろうはずもない。

急遽、回送ずみもしくは回送予定の車両を調べたところ、合計4両が該当。整理番号のX印がそれである。うち2両が富士重工に入場済みであった。また回送途中の列車を品川で抑止。種車の差し換えを行った。転用待ちでたまたま品川にいた同じ72型が急遽種車とされた。

富士宮鶴田

49/11/11 (3)73113(82050) (x8)73247(83予定63667DT12Aor13) (10)72030(82000) (1)73060(82003) 73621 79364品川打切 (10)72030(38/9HM近代化82000) (x9)73054(83予定63674DT12Aor13)品川増結予定

ハモヒナ49/11/10(ハモOY11/8シナ11/9という説) 79447 (10)72030(38/9HM近代化82000) 73203(50/3/6シナOF廃車回送) 79138(50/3/6シナOF廃車回送) 79951 (1)73060(82003) (x9)73054(83予定63674DT12Aor13)その後ヒナ復帰

シナ鶴田

49/11/13 (3)73113(82050) (13)73227(83027) (10)72030(38/9HM近代化82000) (1)73060(82003) (14)73164(83026)

(x8)73247(83予定63667DT12Aor13 49/11/12付タツツヌ転属)>シナ留置(ナハ)(13)73227(83027) (x9)73054(83予定63674DT12Aor13)(ヒナ)ハモ11/8OY11/9シナその後ヒナ復帰>シナ留置ヒナ(14)73164(83026)

さて残る問題は富士重工で着手できないままの2両である。工事落成が遅れると、ダイヤ改正で電車化が出来なくなる。であるが、まずは工程の促進をはかることとなった。

代替のモハ72を2両捻出し、津田沼発でクモヤ90に挟んで回送。鶴田で差し換えを行おうとしたところ、またもとんでもない事態となった。

ツヌ鶴田ツヌ

49/12/5(当初11/26 721両のみ)鶴田まで 90014 (11)72068(82001) (12)72263(355OY整備A82002) 90019 >

鶴田から90014 (x6)73197(82予定63789DT1549/12/5付オトナハ転属) (x2)73257(82予定63645DT12Aor13 50/1/8付タツツヌ転属) 90019(73は方転していた)

ジャンパ栓が合わないのだ。さきに富士重工に入場していた車両とクモヤが逆向きになっている。実は当然の結果である。当時東京ー上野連絡線が生きていたので、改造種車は上野経由で鶴田まで。ところが津田沼捻出の車両は総武緩行すなわち山手と方向があっている。そのためである。

結果として最寄りの小山電車区より「オバケカップラー」をタクシーで輸送し事なきを得たという。

しかしやはり工程が間に合うかどうかギリギリであった。

代替案としては

1 クモユニ74にPS23搭載。

2 115系の1両をカーテンで仕切って荷物/郵便室とする。

とされたが、結果本当にギリギリで間に合った。

慣例の沿線各区所での講習は実施しなかったようである。組合へは既存形式であるクモユニ82であるから、ということで了承を取ったのでは?ここでクモユニ74を投入しなかった判断の正しさが見えてくる。

という紆余曲折の末、ようやくギリギリで最低限の両数が間に合い、配置区所である松本運転所および三鷹電車区へ回送された。

鶴田ミツ

50/3/1 82000 82001 82002 83026 83027

鶴田OY

50/3/5 82003 83028

50/3/28 82004 82050 82051

ミツモト

3/2? 82000 82001 82002(未確認。もしかしたら下記と同様に1両づつ増結されて回送されたかも知れない)

3/7 411M後部増結 82003

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久里浜の74年七夕

横浜線103系化による捻出車

久里浜回送分

6/26 79941 72949 72950 79384(46/12アコモ) 73223 72106(38/12HM近代化)73126(46/10アコモDT14)

6/29 x79331(47/1アコモ) 72678(46/12アコモ) 72662(47/1アコモ) 79470(46/1アコモ)

6/30 73373 72940 79472(47/3アコモ) 73267 78138 72571(47/1アコモ) 79116x

7/5 y79315(47/4アコモ) 72939 72947 79944 73175(38/6OF近代化) 79114

7/6 79355(46/9アコモ) 72938 72943 79946 73401(47/3アコモDT14) 72063(38/8HM近代化) 79386y

7/9予定 Tc M M Tc Mc T Mc

x,yは久里浜到着後相互に連結。

橋本回送分

7/?? 79447(47/2) 72030(38/9HM) 73203 79138 79951 73060 73054

11/10に復帰。なおこの編成は7/9に久里浜回送予定だった編成と思われる。

品川回送分

6/?? 73013 78503 72652 79374

6/25 79316 72937 72957 79934

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